みどころ
本展では、代表作である《残照》《道》《緑響く》のほか、ヨーロッパや京都の古都の
面影を描いた風景画など本画約70点と習作により、国民的画家と謳われた東山魁夷の画業の全貌をたどります。
構想から完成までに10年を要した東山芸術の記念碑的大作、奈良・唐招提寺御影堂の障壁画(襖絵と床の壁面全68面)を再現展示します。
御影堂の修理に伴い、障壁画も今後数年間は現地でも見ることができないため、
御影堂内部をほぼそのままに間近に見ることができる大変貴重な機会となります。
明治41年 1908年 0歳 7月8日、東山浩介、くにの次男として横浜に生まれる。本名は新吉。
明治44年 1911年 3歳 一家で神戸市に転居。
大正15年 1926年 18歳 4月、東京美術学校日本画科に入学。在学中を通じ特待生。
昭和4年 1929年 21歳 兄、国三死去。10月、帝展に初出品した《山国の秋》で初入選。
昭和6年 1931年 23歳 東京美術学校日本画科卒業。研究科に進み、結城素明に師事し、「魁夷」を雅号とする。
昭和8年 1933年 25歳 東京美術学校研究科を修了。ドイツに留学。
昭和9年 1934年 26歳 ヨーロッパ各地を旅行。日独交換学生に選ばれ、西洋美術史を学ぶ。
昭和10年 1935年 27歳 父病気のため、留学を中断し帰国。
昭和15年 1940年 32歳 日本画家・川﨑小虎の長女すみと結婚。
昭和17年 1942年 34歳 父、浩介死去。
昭和20年 1945年 37歳 召集を受け、熊本の部隊に配属される。母、くに死去。
昭和21年 1946年 38歳 弟、泰介死去。
昭和22年 1947年 39歳 第3回日展に《残照》を出品、特選を受賞。政府買い上げとなる。
昭和25年 1950年 42歳 第6回日展に《道》を出品。
昭和28年 1953年 45歳 千葉県市川市に自宅を新築。設計は吉村順三。
昭和31年 1956年 48歳 《光昏》で日本芸術院賞受賞、政府買い上げとなる。
昭和35年 1960年 52歳 宮内庁より委嘱されていた東宮御所の壁画《日月四季図》が完成。
昭和40年 1965年 57歳 日本芸術院会員に任命される。
昭和43年 1968年 60歳 皇居・新宮殿の壁画《朝明けの潮》 が完成。京都に取材した連作「京洛四季」を発表。
昭和44年 1969年 61歳 文化勲章を受章。併せて文化功労者に選ばれる。
昭和49年 1974年 66歳 日展理事長に就任。
昭和50年 1975年 67歳 唐招提寺御影堂第一期障壁画 《山雲》《濤声》が完成。
昭和55年 1980年 72歳 唐招提寺御影堂第二期障壁画《黄山暁雲》《揚州薫風》《桂林月宵》が完成。
昭和56年 1981年 73歳 唐招提寺鑑真和上像厨子絵《瑞光》が完成。
平成2年 1990年 82歳 大嘗祭のための屏風《悠紀地方風俗歌屏風》を制作。
平成11年 1999年 90歳 5月6日、老衰のため死去(享年90)。従三位、勲一等瑞宝章が贈られる。
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みどころ
本展では、代表作である《残照》《道》《緑響く》のほか、ヨーロッパや京都の古都の面影を描いた風景画など本画約70点と習作により、国民的画家と謳われた東山魁夷の画業の全貌をたどります。
構想から完成までに10年を要した東山芸術の記念碑的大作、奈良・唐招提寺御影堂の障壁画(襖絵と床の壁面全68面)を再現展示します。御影堂の修理に伴い、障壁画も今後数年間は現地でも見ることができないため、御影堂内部をほぼそのままに間近に見ることができる大変貴重な機会となります。
明治41年 1908年 0歳 7月8日、東山浩介、くにの次男として横浜に生まれる。本名は新吉。
明治44年 1911年 3歳 一家で神戸市に転居。
大正15年 1926年 18歳 4月、東京美術学校日本画科に入学。在学中を通じ特待生。
昭和4年 1929年 21歳 兄、国三死去。10月、帝展に初出品した《山国の秋》で初入選。
昭和6年 1931年 23歳 東京美術学校日本画科卒業。研究科に進み、結城素明に師事し、「魁夷」を雅号とする。
昭和8年 1933年 25歳 東京美術学校研究科を修了。ドイツに留学。
昭和9年 1934年 26歳 ヨーロッパ各地を旅行。日独交換学生に選ばれ、西洋美術史を学ぶ。
昭和10年 1935年 27歳 父病気のため、留学を中断し帰国。
昭和15年 1940年 32歳 日本画家・川﨑小虎の長女すみと結婚。
昭和17年 1942年 34歳 父、浩介死去。
昭和20年 1945年 37歳 召集を受け、熊本の部隊に配属される。母、くに死去。
昭和21年 1946年 38歳 弟、泰介死去。
昭和22年 1947年 39歳 第3回日展に《残照》を出品、特選を受賞。政府買い上げとなる。
昭和25年 1950年 42歳 第6回日展に《道》を出品。
昭和28年 1953年 45歳 千葉県市川市に自宅を新築。設計は吉村順三。
昭和31年 1956年 48歳 《光昏》で日本芸術院賞受賞、政府買い上げとなる。
昭和35年 1960年 52歳 宮内庁より委嘱されていた東宮御所の壁画《日月四季図》が完成。
昭和40年 1965年 57歳 日本芸術院会員に任命される。
昭和43年 1968年 60歳 皇居・新宮殿の壁画《朝明けの潮》 が完成。京都に取材した連作「京洛四季」を発表。
昭和44年 1969年 61歳 文化勲章を受章。併せて文化功労者に選ばれる。
昭和49年 1974年 66歳 日展理事長に就任。
昭和50年 1975年 67歳 唐招提寺御影堂第一期障壁画 《山雲》《濤声》が完成。
昭和55年 1980年 72歳 唐招提寺御影堂第二期障壁画《黄山暁雲》《揚州薫風》《桂林月宵》が完成。
昭和56年 1981年 73歳 唐招提寺鑑真和上像厨子絵《瑞光》が完成。
平成2年 1990年 82歳 大嘗祭のための屏風《悠紀地方風俗歌屏風》を制作。
平成11年 1999年 90歳 5月6日、老衰のため死去(享年90)。従三位、勲一等瑞宝章が贈られる。
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